スイス と言えば山。
確かに、あちらに着いて見かける日本人と言えば、リュックをかついで登山服に身を包んだ年配の人たちばかりだった。
勿論、私の目的も「山」
でも身なりは、先のおじさんやおばさんたちとちと明らかに違う格好だった。
自分は山登りが嫌いだからだ。
昨日、こんなエピソードがあった。
帰国して初めて実家に立ち寄ったのだが、親にはスイスに行くことを伝えていなかった。
超心配性の親なので、テロが頻発するヨーロッパに単独で行くなんて言ったら、いろいろうるさく言ってくると想像がついていたからだ。
なので、親たちには、「電波の繋がりにくい山奥に行く」とだけ伝えていた。
そしたら、案の定昨日母親が私に向かって、
「どこに行ったと?」
と訊いてきた。
私が、「アルプス!」とだけ答えると、勝手に日本アルプスのことだと解釈してくれていた。
まさか アルプス の本家とは思わないよねー
すると、それまで黙って聞いていた父親が突然こう切り出してきた。
おまえがそんな高い山に登れるはずない!
父さん!( ̄□ ̄;)!!
そこまで言い切るかぁ

父親のその発言に軽くショックを覚えて答えに窮していたら、父親は、
「ああ、ロープウェイで上まで行ったんか」
と変に納得して、この話は終わりになった。
確かに、自分は山登りが嫌いなので、歩いて登頂したいとは考えない性分だ。
富士山

の頂まで行ってみたい気持ちはあるが、プライベート・ジェット

か気球でたどり着けるのならともかく、歩いて登りたい

とは思わない。
▲ ブラタモリ「富士山頂」のキャプチャー画像から
昨年だったか、「ブラタモリ」でタモリが富士山頂に到達していたが、普段あまり出歩かない老齢のタモリが、五合目から延々歩いて登頂したとはとても思えない。
できれば自分もNHKのヘリで一緒に同行したかったと、映像を見てすぐに思った次第だ。
ところで、スイスの何が優れているかと言うと、3,500m 近くの高さまで 登山鉄道 で短時間で行くことができるということだ。
スイスに行ってみたいと思ったのも、とあるTV番組でこの登山鉄道の映像を見たことがきっかけだった。
100年も前に ユングフラウ の雪の岩山をぶち抜いて鉄道を通すなんて、スイス人の発想は日本の斜め上を行っている。
スイス滞在の3日目・・・
まだ夜明け前の朝6時半前に、私はチューリッヒ空港近くのホテルを出発した。
電車を乗り継いで、チューリッヒHB駅 に到着。
▲ かっちょいい!早朝のチューリッヒHB駅
チューリッヒは、空港も、街も、そしてチューリッヒの中央駅であるチューリッヒHB駅も、とにかく日本のようにゴミもなくきれいで、また危険を感じることもほとんどなかった。
昔旅行したパリでは、日本人観光客ということで常にいろんな角度から人目を感じて思わず身構えてしまったが、そのお隣りのスイスではそんな危険な気配はまるで感じられない。
この日も、日曜の早朝ということで人気(ひとけ)があまりなかったにもかかわらず、怖いとかそういう感覚は全くなかった。
さて、チューリッヒから首都ベルンに向かう、日本で言う特急列車に乗り込み、さらに、ベルン⇒インターラーケン⇒グリンデンワルトと列車を乗り継いでいく。
スイスは鉄道網が発達していて、旅行者は鉄道でスイス国内を移動する人がほとんどだ。
そして、スイスパス という一定期間列車が乗り放題となる鉄道パスを多くの人が購入する。
グリンデンワルト までは、このパスで行くことができる。
そして、ここから本格的なユングフラウの登山鉄道旅行が始まる。
グリンデンワルトまで来ると、アイガー と呼ばれるスイスを代表する雪山が目前に迫ってきて、否が応にも心が小躍りし始める。
▲ スイスを代表する山、アイガー (グリンデルワルトからの眺め)
そして、こうした岩山の麓には、アルプスのハイジ を彷彿とさせる、緑の 牧草 と 牛 とアルムの 三角屋根のログハウス の光景が広がっている。
はやる気持ちを抑えながら、ここからはあまり店もないだろうからと、近くの coop で飲み物を購入する。
本当はスイスで滅多に見かけない自動販売機のコーラを買おうとしたんだけど、これが日本円で400円近くもしてめちゃくちゃ損する気がしたので、自販機で買うのは断念した。
先のcoopでは、同じコーラがほぼ日本で買うのと同値だった。
▲ スイスのスーパー ※coopではありません
スイスにはコンビニの代わりに、こうしたスーパーが各地に普及している。
レジでお金を渡して商品を受け取ると、たいていレジのお姉さんはフレンドリーに
Bye!
などと言って微笑んでくれる。
最初は戸惑ったが、3日目ともなると店員さんとのやりとりにも慣れ親しんできた。
グリンデンワルトのcoopのレジのお姉さんは、ユングフラウの山々に降り積る雪のように白く透き通った肌の持ち主で、フランス人形のように笑顔が可愛いお嬢さんだった。
あまりにキュートだったので、私の返礼の
Bye 
の挨拶にも特別心がこもる。
余計なことに、投げキッス

までして、相手の頬を紅潮させることに成功した

イタリア人の男性は、誰彼構わず女性を口説きまくって何とも軽い男たちだといつも眉をひそめていた自分も、異国で日本語で話さなければ結構大胆になれるものだとつくづく思った。
旅の思い出に記念写真を撮っておけばよかったと少々後悔した。
さて、ここからの登山鉄道は、先のパスで割引があるものの改めて料金が必要となる。
割引して133スイスフラン(当時の為替で約13,800円)と決して安くはないが、スイスの豊かな自然とこの鉄道を維持するための経費と考えれば、いたしかたない負担なのかもしれない。
実際、ユングフラウ鉄道の最終駅 ユングフラウヨッホ で体験した様々なアトラクションの満足度を考えると、単に鉄道に乗った運賃だけではなく、そこから先の風景やアトラクションの料金まで含んだ鉄道賃と考えるべきだろう。
グリンデンワルトから乗った ウェンゲンアルプ鉄道 は、左手にはアイガーの切り立った北壁、右手には先に書いたアルプスの少女ハイジの世界を思わせる風景を見ながら、ゆっくりと山を駆け上がっていく。
▲ ウェンゲンアルプ鉄道の車窓からの風景
この辺りは、あのハイジの舞台となる山々とは全く別の地域なのだが、スイスでは至る所で牧草と牛と丸太の三角屋根の家の光景を見かける。
チューリッヒ空港近くのホテルに戻る際に、ふと横を見ると

が牧草を食べていたので思わずのけぞったぐらい、スイスでは日常的な風景なのだ。
それにしても、都会の住宅地の法面みたいな所にまで牧草を生やして、そこで牛を飼っているとは驚くほかない。
以前勤務していた所では、広い敷地内に次から次に生える雑草をどうにかすることが悩みの種だったが、こういう対処の仕方があったのかとその時思いついた。
▲ マイリンゲンで出くわした牛飼いと牛たちの行列
牛たちとの共存共栄を図るスイスだが、人間よりも牛の方が優遇される実態を目の当たりにした。
前日に マイリンゲン という街からグリンデルワルトの方に向かうバスに乗ったのだが、その途中、離合も困難な山道で、牛飼い たちが牛たちを移動させる光景に何度か出くわした。
可愛い花を付けた牛たちが、20頭、30頭の単位で隊列を組んで移動していたが、カウベル

を鳴り響かせながら通りすぎるまで、バスや車は当たり前のようにじっとその場に停車していた。
歩行者優先道路というのは聞いたことあるが、この辺りではまさに 牛優先道路 なのである。
▲ 狭い山道は牛が通りすぎるまで待つしかない
ペーターのような子供の牛飼いが、手にした棒を使って道から外れようとする牛を元の隊列に戻したり、元気のいい犬が先頭に立って牛たちを誘導する様子も目にすることができて幸運だった。
それにしても、よほど印象的だったのか、今でもあのカウベルの音が頭から離れないでいる。
そうこうしているうちに、列車は クライネシャイデック に到着。
グリンデルワルトでも興奮したけど、クライネシャイデックで見た光景は、あのグリンデルワルトでの興奮は何だったかと首を傾げてしまうほど、さらにスケールの大きな大パノラマの世界を見ることができた。
▲ クライネシャイデックからアイガー、メンヒを臨む ユングフラウはこの右手に見ることができる
ここでは、アイガー、メンヒ、ユングフラウといったユングフラウ三山を同時に眺めることができる。
お寺でいえば、御三尊を同時に拝める貴重なロケーションというわけだ。
しっかり記憶にとどめようと、そのパノラマをゆっくりと左右に目を動かしながら目に焼き付けていく。
この地点で標高2,061m。
日本では到底見ることのできない絶景だが、この標高なら 立山黒部アルペンルート にしてまだ立山の室堂にも達していない高さだ。
日本の交通機関でも行ける高さなので、これで満足してはいけない。
クライネシャイデックからさらに
ユングフラウ鉄道 に乗り換えて、

はさらなる高みを目指す。
▲ ユングフラウ鉄道とアイガー 列車はあの岩盤の中を通り抜けていく・・・
アイガーの岩崖が手に届きそうなくらいの所を通り抜け、やがて電車は岩山の長いトンネルに突入する。
このまま終着駅までほとんどトンネルの中なので、せっかくの景色が車窓から眺められないのが何とも残念だ。
▲ 列車はアイガーの岩崖のすぐそばを走行する
その代わりというのも何だが、標高2,865m地点の アイガーヴァント駅 と同じく3,160m地点の アイスメーア駅 では数分間列車が停車して、観光客は無人駅のトンネルの奥まった所にある展望窓を通して、外の景色を臨むことができる。
アイガーヴァントとは、「アイガーの壁」を意味する。
アイガーの北壁 は、これまで数多くの登山家たちが登頂を目指し挑戦してきた断崖だ。
その絶壁の凄まじさや厳しい気象状況などから、多くのクライマーの命が奪われた世界有数の難所としても知られている。
冒険家が挑む山は幾つもあると思うが、アイガー北壁ほどいろんなドラマがあり、映画や書籍化された山はないのではないかと思っている。
▲ アイガー岩崖のトンネル内にあるアイガーヴァント駅に停車した列車と降車した観光客
折しも、自分がユングフラウに向かったこの日に、タレントの イモトアヤコ がこのアイガーの登頂に挑むTV番組が放映されていて、ツイッターでも話題になっていた。
アイガーの北壁ルートからの登頂ではなかったものの、映像では相当切り立った崖に立ちすくむ場面も見受けられた。
そんな登山家たちが命懸けで登っているこのアイガー北壁の内側で、私たちはのうのうと列車に揺られながら、楽々とこの山を旅して登っている。
内と外で繰り広げられる世界のあまりの落差に、何とも複雑で不思議な思いがする。
アイガーヴァント駅はアイガーの北壁の内側にあるので、展望窓からの景色はグリンデルワルト方面の景色が臨める。
朝グリンデルワルトからアイガーを眺めたのと、ちょうど反対側から眺めていることになる。
▲ アイガーヴァントの展望窓からの眺め
一方、アイスメーア駅は方向が変わって、アイガーの東側の谷の方を向いているので、展望窓からの景色も山々の間を抜ける 氷河 の姿をきれいに捉えることができる。
ここまで来ると人生初の3,000m超えということもあり、少々感慨深いものがあった。
▲ 谷間の氷河を臨むことができるアイスメーア駅展望窓からの眺め
アイスメーア駅から数分ほどで、目的地のユングフラウヨッホに到着する。
ここはアイガーとメンヒの両山をトンネルで通り抜けた、ユングフラウの山に向かう途中にある所だ。
そして、ここが現在、世界で最も高い位置にある鉄道の駅だ。
標高3,454m。
ここで私は思わぬ体験をした。
何と頭がふらついて真っ直ぐ歩けないのだ。
実は先のアイスメーア駅を歩いている時に、私はこんなことを考えていた。
「3,000mを超える地点にいるのに、自分には 高山病 の心配は全くないな」と。
ところが、わずか400m上がっただけで、ここまでひどい目眩に似た症状が現れるとは思いもしなかった。
恐らくこれが高山病というものなのだろう。
しばらくしたら慣れるだろうと思って頑張って歩いていたが、症状はなかなか治まらなかった。
とにかくずっとふらつきながら、ユングフラウヨッホの施設を歩きまくった。
ユングフラウヨッホの駅から中に入ると、まるで地底の迷路みたいにトンネルがあちこちに張りめぐらされていた。
まるでディズニーランドのようなアミューズメント施設にいるようで、なかなか楽しめた。
まず、TV番組で見て最も行きたかった 氷の洞窟 へと向かう。
▲ 氷の洞窟
下はスケートリンクのような分厚い氷で、滑りやすいので足元に気をつけながら進んでいかなければならない。
足元だけならともかく、天井も横壁も、どこを向いても全面氷、氷である。
氷をくり抜いて作った洞窟なんだろうけど、どうやって作ったのかと思ってしまう。
そもそも、標高3,500mの氷河の真下にこんなアミューズメント施設を作ろうという発想が凄すぎる。
氷の空間は思ったよりも延々と続いていて、広い所まで来ると氷の彫刻も見ることができる。
氷の洞窟を抜けて、元の地下トンネルの迷路へと戻り、さっきとは別方向に行ってみる。
すると、今度は派手なイルミネーションで演出された空間へと通じていた。
▲ 地底のトンネルのようなアルパイン・センセーション
そこは、アルパイン・センセーション と言って、ユングフラウ鉄道全線開通100周年 を記念して作られた施設だ。
ユングフラウ鉄道が築かれるまでの苦難の歴史とそれ以降の変遷を、写真資料や映像を通して知ることができる。
▲ ユングフラウ鉄道建設の歴史がを伝えるパネル展示
このように地下のトンネルを巡っていると、まるで地底探検でもしているかのような錯覚に陥ってしまう。
しかし、何度も言うように、ここは地底でも何でもなく、標高3,500mの氷河の下の岩崖の中なのである。
そろそろ、外がどんな景色なのか、知りたくなってきた。
外に出た瞬間、強烈な直射日光が真っ白に降り積もった雪に反射して、目も開けられないほどまぶしかった。
次第に目が馴れてくると、目前には自然の織りなす壮大なアトラクションが広がっていた。
左手手前にメンヒ、右手手前にユングフラウの頂上が見え、その間にパウダースノウがどっさり降り積もっている。
この地点からはよくわからないが、この雪が降り積もっている谷間の下に氷河が隠れている。
向こう側には、勾配を利用して
スノボ 
や
ソリ を楽しむ人たちの歓声が聞こえてくる。
そして、頭上では、絵の具で塗りたくったような群青の空を断ち切るかのように、チロリエンヌ と呼ばれるワイヤーロープを宙づりで滑り降りるアトラクションが繰り広げられていた。
今目の前に広がっている光景が夢なのか現実なのか、とても不思議な気持ちがしたのを覚えている。
そして、いよいよ一般人が普通の格好で上れる世界最標高の地点へ。
スフィンクス・エレベータ で一気に スフィンクス展望台 へと上っていく。
この時の自分は、完全に自然と一体となったアミューズメント・パークの世界にいて、まるでディズニー・ランドのホーンテッド・マンションのアトラクションに向かう気分でそのエレベーターに乗り込んでいた。
ちょっとした緊張感がエレベーターの中に立ち込める。
そして、ついに標高3,571m、
トップ・オブ・ヨーロッパ の地点に到達した

そこから眺める景色は「最高!」という言葉では言い尽くせないほど。
北側のスイスの国旗がゆらめく向こう側には、メンヒが私たちの登頂を出迎えてくれていた。
▲ とっしー、ヨーロッパの頂点へ (スフィンクス展望台からの眺め)
そして、東側に目を向けると、外に出た時にはよく見えなかった アレッチ氷河 のゆるやかに蛇行する姿を見ることができた。
世界遺産 にもなっているこの氷の大河は、4,000m級の峰々の間を悠然とすり抜けて向こう側の谷間へと滑り落ちている。
この光景を目の当たりにすると、スイスのとげとげした断崖絶壁の多い地形が、何十万年、いや何百万年という時間の単位で、このような氷河によって削り取られてできたものであるということがよくわかる。
▲ 谷間をゆくアレッチ氷河 (スフィンクス展望台からの眺め)
そして、見上げるとこれまた今まで見たことないような、一点の濁りもない群青色の青空が見て取れた。
普段住んでいる所からではみることのできない、宇宙から見た地球の深い色の青とでも言うのだろうか。
拳を突き上げると宇宙空間へと突き破ってしまいそうな、そんな高さにまで到達したような気分になった。
本当にこれまで生きてきて味わったことのない、貴重な体験をすることができた。
日本に帰国して写真を整理している時に、撮影した日時を確認していた。
すると、奇妙な偶然だが、先のイモトアヤコのアイガー登頂が日本のテレビで放映された時間とほぼ同時刻に、自分もユングフラウヨッホの一番の高みに立っていたということがわかった。
▲ イモトアヤコのアイガー登頂(イモトアヤコのブログより)
テレビの方は生放送ではないから、イモトの登頂日時とぴったりマッチしていたわけでは勿論ないが、変な偶然もあるものだと思って、少し笑ってしまった。
実際、私の職場の同僚は、この時娘と一緒に番組を見ながら、
「自分の職場の人は、今この近くに行ってるんだよ」
と話をしたということだった。
まさか本当にその時間にアイガーのすぐそばで、自分なりの登山の山頂を極めた所にいたとは思っていなかっただろう。
自分はイモトほどの冒険はしていないが、この日、人生で一度は見ておくべきだという所を見ることができた満足感でいっぱいだった。
初めてのスイス訪問、次はこの感動を共有できる人と一緒に訪れてみたいものである。
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