其の五十三 大蓑君
「暑かぁ!」
じりじりと照りつける真夏の日差しの下、とっしーの君とその引き連れた若君たちとが近くの川べりに出て釣りを楽しんでいらっしゃいました。
遠野中将の御子息たちがロック錠院の夕霧のところに遊びにやって来たので、その日朝からご機嫌だったとっしーの君が進んでこの若者たちを川釣りに連れてやって来たというわけでした。
「それにしても、暑過ぎ!たまらんばい!」
若君たちはきゃっきゃきゃっきゃと川の中で裸足になって戯れていましたが、暑いのが大の苦手のとっしーの君は遮る物がない炎天下ではすぐにへたばっておしまいになられました。
「おい!ちょっと休むぞ!」
「えっ?もう休んじゃうんですか?さっき始めたばかりなのに・・・」
遠野中将のご長男の柏木(かしわぎ)が釣り竿はそのままにお顔だけとっしーの君の方に振り向いて驚いたようにおっしゃいました。
「こんなに暑いとかなわんぞ。さ、みんなこっちの日陰に腰掛けて、何か涼しくなるような面白い話でも聞かせてくれないか」
とっしーの君がそう言うと、早速遠野中将の次男で最近便秘気味の便の少々(べんのしょうしょう)が小走りにやってきました。
「ついこの頃のことですが、うちの父上がよそで生ませた娘を探し出してきたところが、これがとんだ女君でして・・・・・・」
こうして、お調子者で喋り好きの便の少々が自分の家で起こった笑い話を能弁に語り始めたのでした。
それは今年の春の出来事でした。
遠野中将は春先の温かい気候に誘われてか、急にぼんやりと物思いにふけっていらっしゃいました。
「俺はたくさんの女性との間に多くの子を授かった。とっしーの君とは愛人の数では競い合ってきたが、とっしーの君は子宝に恵まれなかった。この点では俺は本当に幸せ者なのだが、男の子ばかりで娘にはあまり恵まれていない。期待した娘も沖電の女御(おきでんのにょうご)は中宮の座を後から入内した埋坪の女御(うめつぼのにょうご)にかっさらわれるし、次に期待したクモイのカリもあのとっしーの君の所の夕霧につばをつけられて、どうしても思う通りに事が運ばない。あの姫君さえ手放さずにこの手で育てていたら、きっと母親譲りの美しくやさしい女性に育って、この家系にとってかけがえのない存在になったに違いなかったのに・・・。何とかあの少女を捜し出す手だてはないものか」
その姫君こそ今現在ロック錠院で大切にかしずかれていらっしゃる玉葛(たまかずら)その人なのでした。
遠野中将の若かりし頃、中流の身分だったゆうがぉは遠野中将との間に玉葛を宿られましたが、正妻の北の方がそれを知ってゆうがぉに冷たい仕打ちをなさったので、ゆうがぉは玉葛と一緒に行方も告げぬまま遠野中将のもとをこっそり離れ去ったのでした。
そうして隠れ住んでいたお屋敷に偶然とっしーの君が通りがかったことから、とっしーの君との関わり合いが始まり、最期には例の秘密のお屋敷で不思議な死を遂げるに至ったのでした。
遠野中将は、やさしいゆうがぉとの思い出を忘れることはありませんでした。
そして、その娘も、今頃は母親に似てやさしく美しい女性に成長していることだろうと手放してしまったことが悔やまれてなりませんでした。
このことが心に引っかかったまま何年も過ごしてきた遠野中将は、ついに一大決心をして、春を過ぎた頃に人気テレビ捜索番組の「あの人は今・・・」に出演することを決意なさいました。
この番組は、どうしても逢いたい行方知れずの人の消息の情報を、番組を通して広く視聴者に呼びかけようという趣旨のものでした。
その日も、小さいころに両親が離婚して、生き別れになってしまった母親にもう一度逢いたいと泣き叫ぶ女性や、神隠しにあったかのように忽然と姿を消した我が子を見つけてくださいと泣きながら懇願する母親など、いずれの出演者も何らかの手がかりを得ようと必死で、深刻な内容のものばかりでした。
「あの人は今・・・、本日最後の捜索依頼は何と時の内大臣であられます遠野中将さんでいらっしゃいます」
司会の其方宮(そちのみや)が紹介すると、会場からの拍手とともに奥の扉から遠野中将氏とそのご長男の柏木殿が現れました。
「それでは今回の捜索内容を教えてください」
其方宮がそう言ってマイクを向けると、遠野中将が突然顔を崩して大粒の涙を流しながら、テレビカメラに向かって訴え始めました。
「早く帰ってきてくれ~!」
顔をくしゃくしゃにして遠野中将は泣きわめいたので、司会者が、
「それじゃ視聴者は誰の何のことかさっぱりわかりません」
と慌ててたしなめければなりませんでした。
番組が進まないことを憂慮した其方の宮は、これに至った経緯について自ら話を誘導することにしました。
「遠野中将さんの捜索依頼は、もう20年ほど前に愛人28号との間にお生まれになった娘さんということですが・・・」
「よくぞ聞いてくれました、司会者さん。私はその子を撫子(なでしこ)と呼んで可愛がっていたのですが、15年以上前になるかな、その子が突然いなくなってしまったのです。ずーっと気にかけてきたのですが、今生きていればちょうど20歳(はたち)を迎える美しい大人の女性に成長しているはずなのです。あぁ、私の撫子よ、どうかこの番組を見ていたら、この父親の私の顔をよぉーく思い出しておくれ。そして、心当たりがあったなら、とにかく私のところまで連絡をしてください」
それから1週間くらい過ぎたでしょうか、遠野中将のところに大きな蓑(みの:藁などの茎葉を編んで作った雨具)を着たちょっと薄汚い格好をした若い娘が訪ねてきました。
「先日のテレビ番組を見て訪ねてきた者です」
撫子の捜索の受付は柏木が担当していたので、すぐに柏木がやって来て対応に出ました。
「あなたはどちらからいらしたのですか?」
この辺では見かけない出立ちの田舎娘を不思議そうに眺めながら柏木が尋ねました。
するとその娘は異様な早口で田舎訛りの言葉で答えました。
「私は、山里の蓑の国(みののくに)からやって来たんだ。こん前、テレビで私のこと捜してたみたいだから、こうしてはるばる訪ねて来たんだ。私が大人になって、初めておっかぁが、『あなたは実は遠野中将君との間に生まれた子だったんだよ』と教えてくれたんだ。私が小さいころ、おっかぁが身分が低かったから遠野中将殿さ相手にされなくなって、仕方なく蓑の国さ引き取られたんだ。蓑の国は雪が深いんで皆こんな格好してるんだ。おっかぁはこの蓑の国を治める国司の蓑もんたん(みのもんたん)と再婚したんだ。私はその人を異父もんたん(いぶもんたん)と呼んでいたんだけどね。蓑もんたんは、朝早くから皆に向かって“ほぉっとけない!”問題についてズバッとコメントしたり、また、正午を過ぎると村人からいろんな人生相談を持ちかけられたり、夜は夜で不登校の子供たちに学校へ行こう!と呼びかけたりと、みんなから頼られてるんだ。私もその人に引き取られてとても感謝してるけど、ずっと本当のおっとぉに逢いてぇと思っていたから、この前のテレビ見て名乗り出ようと思ったんだ。何でもしますから、どんぞよろしくお願いします」
随分な田舎娘とは思いながらも、頭を下げてにこっと微笑んだ姿はとても純粋で愛らしく思えて、柏木は早速この娘を引き取って、遠野中将にも知らせました。
遠野中将は長年の想いがやっとなし遂げられる嬉しさで、胸をときめかせていらっしゃいました。
早速、柏木に連れられて、その訪ねてきた娘が控えている部屋へ遠野中将がお入りになりました。
柏木が大声で、「ごたいめ~ん!」と言って、襖を閉めました。
その瞬間・・・
「おっとぉ~~~」
顔を合わせるや否や、その蓑を着た娘は遠野中将目掛けて勢いよく走ってきました。
遠野中将はすぐに逃げの態勢に入りましたが、それも束の間、助走して踏切台を思い切り蹴った体操選手のように跳び上がって抱きついてきたたこの娘にそのまま押し倒されてしまいました。
「おっとぉ、おっとぉ!」 チュッ チュッ ♡
姫君が遠野中将の上になって、遠野中将に顔を寄せてきました。
厭がる遠野中将は、目をつむって一生懸命顔を背けようとして、
「こらっ!やめんか!何ばしようとか!ばかもん!」と必死に抵抗なさいます。
ようやく落ち着きを取り戻した娘は、改めてそこに正座して、
「これからお世話になることになりました、蓑の国から来た、大蓑君(おおみのきみ)と申します」
と言って深々と頭を下げました。
「誰も世話をするなど言っとらんぞ!」
と遠野中将は心の中で叫びましたが、面(おもて)を上げてにっと微笑んだ姿がとてもあどけなく愛らしく思えて、器量もいいとは言えないまでもそこそこ可愛らしかったので、遠野中将もついつい心を許してしまわれました。
その後、遠野中将はすぐに柏木のところに駆けつけて、
「よく調べもせずに受け付けなどして、今さら帰すわけにいかなくなったではないか!DNA鑑定はちゃんとやったのか!」と柏木を叱り飛ばしました。
柏木は落ち着きはらって、父君にこう反論しました。
「では、父上はあの娘が自分の娘ではないと言い切れるのですか?」
遠野中将はしばらく思いを巡らせて、
「そう言われると・・・・・・昔は若気の至りで手当たり次第に女性と関係を持ってしまったからなぁ」
と急に自信がなくなって、過去の行いを真剣に反省なさいます。
襖の隙間から垣間見れる大蓑君と手鏡に映る自分の姿を眺めながら、
「似ていると言われれば似ているし、似てないような気もするし・・・」
と表情を曇らせて、いつまでも見比べていらっしゃるのでした。
それからまたしばらくの月日が流れました。
きちんとした教育を受けていない大蓑君は、はしたない言動やみっともないふるまいが目に余って、女房たちや女童(めのわらわ:少女の召使)からも嘲笑される有り様でした。
しかし、当の本人はそれを全く意に介す素振りはありませんでした。
それどころか、周りの者に向かって、
「あなたたちって、人を見くびるのもいい加減にしなさいね。田舎娘だった私が、内大臣の遠野中将殿の娘に認定されたんですからね。これから私はシンデレラ・ストーリーを歩んでいくのよ」
などと放言して、さらに失笑を買ってしまうのでした。
しかし、そう言って目を輝かせる表情はとても活き活きしていて、純真で気さくな人柄に、どこか憎めないところもあるのでした。
さて、遠野中将はこの一月あまりはらはらしながら大蓑君を見守ってきましたが、自分の家の恥さらしとならないことを随分と心配なさっていらっしゃいました。
それで、家の者たちに厳しい戒言令(かいげんれい:大蓑君のことを決して外では口外しないこと)を敷くことにしました。
それにもかかわらず、こんな面白おかしい話はめったにないということで、格好のうわさ話としてお喋り好きな女君たちの間から、少しずつこの話が外に漏れ出ているのでした。
ある時、遠野中将は先を案じて、大蓑君のところへやって来て、姫君に気を遣いながらもこんな話をし始めました。
「もうお前がここに来て、一月になるが、どうだね、今までの生活とあまりに違うんで、こう、落ち着かなくて帰りたくなる、な~んてことはないのかなぁ?」
「ぜ~んぜん!」
「そっか・・・そろそろ、何だなぁ、おっかぁを思い出してホームシックっつうのを感じたりすることもあるだろ?」
「私はおっとぉの側にいられるだけで、とても幸せですわ♡」
大蓑君は、瞳をきらきら輝かせながら歯切れよく答えました。
「そうか」
遠野中将は寂しそうに目を落として、「まぁ、とにかく無理はしないように・・・」とだんだん声のトーンも小さくなっているのでした。
やがて、遠野中将は気を取り直したように大蓑君を正視しながら、突然何と娘に手を合わせて、
「一つだけ、これだけはお願い!!」と真剣な表情で言いました。
「私に親孝行したいのなら、一つだけでいいから直してもらいたいことがあるのだ」
「えっ?何ですか?」
「そのカセットテープを早送りしたような早口、それやめてくれない?お前は可愛いところもあるのだが、その早口ですべてが台無しになってしまうのだ。品がないから、ね、それだけはやめて」
厳しく言い聞かせてもだめだと言うことがわかりきっているので、遠野中将はまるで子供をあやすかのように姫君に言い聞かせているのでした。
「わかりました。父君のためですもの、頑張って直してみせますわ」
「ありがとう。それから、ついでにもう一つ頼みがあるのだが・・・。お前は、ずっと山里で暮らしてきたが、ここではいろんな礼儀作法とかしきたりがあって、お前の村でやっていたことが通用しないこともあるのだ。貴族としての教養を身につけるために、今お里下がりなさっている沖電の女御のところにこれから仕えることになさい。そうしたら、きっと立派な貴族の娘になりますよ」
と遠野中将はうわべはやさしく微笑みながら、少し顔を引きつらせて言いました。
「わぁ、嬉しっ!今日から女御さまのお付きの者になるのね。一生懸命、女御様に尽くして、立派な貴族の姫君になりますわ」
大蓑君の張り切った様子を見て、遠野中将もこれで一安心かとほっと溜息をついたのも束の間、
「私、何でもしますから!女御様のしもの世話からおまるの掃除まで何だってやりますから!」と息巻いたので、遠野中将も思わず吹き出して、終いに咳き込んでむせてしまわれました。
それからさらに時日が流れて、遠野中将がしばらくぶりに大蓑君の様子を伺おうとこっそり沖電の女御の部屋の前までやって来ました。
帝(みかど)のお妃になるために、しっかりと教育された女御のもとでは、さすがの大蓑君もずいぶんと鍛えられて、まだまだ十分とは言えないまでもかなりの教養と作法を身につけたことだろうと遠野中将もかなりその経過が気になっている御様子でした。
そして、女御と大蓑君のいらっしゃるお部屋を前にしてそこに座り込んで、覗き見できる程度に、ほんのわずかな隙間分だけ襖を動かしました。
すると、いきなり沖電の女御と大蓑君が、最近流行りの人生ゲームを興じていらっしゃる様子が目に飛び込んできました。
「商才、商才!!」
オーバーなアクションを交えて、大声を張り上げて大蓑君が経営者となって大金を稼いだ様子でした。
遠野中将は襖の向こうで思わず顔をしかめました。
「あいつ、何も変わっとらんやないか!女御も女御だ。何を大蓑君に教育しとるんだ!」
そうつぶやいて、さらに中の様子の続きを伺いました。
すると、今度は遠野中将が目を疑うような光景が待ち受けていたのでした。
「お返し!お返し!」
はしたない大声をあげたのは、何と沖電の女御だったのでした。
大蓑君から大金を巻き上げたとあって、大興奮の様子で顔を上気させていらっしゃるのでした。
「だめだ、こりゃ!」
遠野中将は世も末とばかりに右手の手のひらで大きく顔を覆って、この唐突の訪問客のために家の秩序が次々となし崩しにされる現実に、頭を痛めておられるのでした。
3月 9, 2008 其の53 大蓑君, 小説 | Permalink

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